
ウィリアム・シェイクスピアの名言に、
「Love all, trust a few, do wrong to none.」
(全てを愛し、少なきを信じ、過ち無き事を。)
→全ての人を愛し、ごく限られた人だけを信じ、誰も不当に扱わない事。
という言葉があります。日本語訳は、私が誤訳しないよう、パクリです。
私はたまたまネットフリックスのドラマで出てきた一節で、「おお、なんだこれ」と気になって調べちゃったんですが、今までしっくりこなかったことが自分なりの解釈で捉えることができました。
今の日本と韓国の関係のようなシチュエーションは日常よくあります。
A「なんで彼は俺の注意を聞かずにやっちゃうんだ」
B「偉そうに。今に見てろ。」
A「ほら見たことか」
B「ふん。知るか。お前の意見なんか聞くもんか」
A「おうおう。せいぜいやってみろ」
どっちも「怒り」みたいな状況。負のスパイラル。
人が誰かを注意するときも起きやすいパターンです。
もし「全てを愛し」を適用するとしたら、ここでブレイクを起こせる可能性が出てきます。
なぜなら、その人達と必ずしも信頼関係を築かなくていいからです。
私、なかなかの怒られ上手なもんですから、よく怒られるというか、注意を人から受けることがあります。
その時、私のするアクションは注意された私が「相手に気を遣う」です。そこで決して殻に閉じこもらない。
その人も愛情を持って、わざわざ注意してくれる可能性がある限り、私も愛情を持って返したいと常々思っています。
ただしですよ、これは同じ価値観を共有しているという前提の上ですので、日韓の関係は、適用しづらいかも知れません。
そこが、性悪説で、価値観を共有しない、現実的な側と性善説で、価値観は一緒と考える、理想を語る側の意見のギャップを生み出している気がします。
「全てを愛し、少なきを信じ」は、”すべての人に愛情を持って接するべきだが、信頼関係は少数にとどめよ”という解釈でいます。なかなか理想的な言葉に見えて、非常に現実的。